強風に起因する大災害によって、建築物や都市環境が甚大な物的被害を受け、膨大な人的被害がもたらされている。世界的には、沿岸地域や傾斜地など都市周辺への人口移住が増えており、より条件の悪い中で強風に曝される状況となり,今後も被害が増大し続けるものと思われる。建築物や構造物の設計では、経験的、実験的資料への依存度が著しく高く、強風災害により良く対処するためには、これらに関する研究資源の共有と地球規模での協力を可能とする新しいパラダイムが必要である。仮想的工学組織(EVO)は、建築物に対する風の影響の理解とそのモデル化能力の上に関する教育・研究をより有効に実施するための組織で、物理的に分散した各研究機関間でのリアルタイムでの相互アクセスを可能とし、このようなパラダイムシフトを実現させるものである。
最近の10年間で、都市や建築物に関する強風の影響に関する研究において、多くの進展が見られた。これらの研究は、企業や業界団体、あるいは大学や政府の研究機関など、物理的に分散している限られた研究資源を用いて個別に行われてきた。しかし、様々な形態を持つ建築物の設計が可能となり、その複雑さや高度化が進み、またカリブ海沿岸やインド洋沿岸など海に面した居住地での風災害が拡大する傾向を鑑みるに、従来の研究パラダイムではもはや限界があることは明らかである。サイバー・インフラストラクチャ(CI)に基づく仮想的組織を通じて、世界中に物理的に分散している研究資源を共用し、より効率の高い研究や教育を行うことが必要と考える。つまり、柔軟なCIアーキテクチャの内部に各種ツールと各種サービスを集約することにより、研究と教育をリアルタイムで支援する体制の創造が望まれる。東京工芸大学グローバルCOEプログラム:風工学教育・研究のニューフロンティアでは、世界中の多くの研究機関の間での相乗的かつ統合的アプローチによって、強風による被害を最小限にとどめ、また都市や周辺地域で急増している風に脆弱な建築物や環境に関する諸課題を解決するための有効なツールを提供することを考えている。つまり、強風の影響による物的、人的被害および地域経済の崩壊を軽減するための、統合的CI技術を活用した仮想的工学組織を構築という新しい研究、教育および設計パラダイムの提案である。
以下では、強風被害軽減のための仮想的組織(Engineering Virtual Organization: EVO)Virtual Organization for Reducing the Toll of EXtreme Winds(VORTEX-Winds)について、その全体構想およびプロトタイプEVOの機能と利用形態について述べる。VORTEX-Windsの基本構想は、強風による物的損失とそれに付随する間接的損失を抑えるべく、建築物に対する風の影響に関する理解を深め、それらをモデル化する能力を高めるための風工学教育・研究の包括的なゲイトウエイを開発するものである。この構想に則り、統合CIをベースとして、物理的に分散した各種データベース、設計・解析ツール、実験装置、実測・モニタリングネットワーク等を活用して、統合設計支援ツールおよび各種サービスへのリアルタイム共有アクセスの可能な仮想的組織を構築する。具体的な目的は以下のとおりである。
(i) 強風災害による人的被害や地域経済の崩壊を軽減するための、CI技術によって統合化された研究資源を利用できる研究コミュニティの設立と維持
(ii) ハリケーンや台風のような厳しい気象現象に曝される超高層建築物、海上に架ける長大橋、深海でのハイドロカーボン採掘洋上プラットホームなどを、高い費用対効果の下で実現するための革新的な構造システムを可能とする解析、設計能力の向上
(iii) 高度な教育を受けた専門家と教育・研究者集団によって世界市場での競争激化に対処すべく、風工学分野における将来を担う要員の教育、訓練の促進
図1に示すように、EVOは「E解析設計モジュール」と「知識ベース」の2つにより構成される。先ず、「E解析設計モジュール」は多くの大学、研究センター等で独自に開発され、提供されるもので、次の6つの領域に分類される:「データベース援用設計」、「実測データベース」、「確率統計ツールボックス」、「遠隔実験サービス」、「不確定性モデリング」および「CFDプラットホーム」であり、図1にそれぞれの領域で提供されている解析設計モジュールの例を示す。モジュールは独立して利用することも、自動的に検索されて統合化解析・設計の枠組みに取り込むこともできる。図2に統合化解析・設計の一例を示す。もう一方の「知識ベース」は、共同研究等で得られた知識の収集と、集約管理を意図している。これには風と建築物の相互作用に関する基礎的な用語や概念を解説するヴァーチャルな百科事典、すなわち「風工学-wiki」、風災害調査の保存記録である「風災害データベース」、ユーザが自由に質問でき、過去の頻度の高い回答がFAQとして保存されている「ヘルプデスク」、自由に討論が可能な「掲示板」、連絡事項や各種情報を迅速に回覧するための「電子メールリストサーバ」、教育者がEVOの各種サービスを彼らの教育に組み込むための「カリキュラムツール」がある。これらの「知識ベース」は以下の5つの分野の情報を含んでいる:工学のためのマイクロ気象学、空気力学/空力弾性学、構造力学、実験法、性能評価(リスク解析/信頼性および規基準類を含む)。
図1 仮想的工学組織VORTEX-Winds の概念
図2 EVOによる統合化解析・設計の例
EVOの立ち上げメンバーには、建造物に及ぼす風の影響の研究を行っている世界の主要な大学や研究機関が幅広く参加している。また、選ばれたエンドユーザと関係者で構成されるグループが、EVOの各種サービスの進化とそれらの特長をさらに延ばす作業や、開発されたプロトタイプのベータテスト等を支援している。これらのエンドユーザとしては世界的な設計事務所が、関係者としては主要な専門機関が加わっている。また、教育分野のユーザも教育資源としてのEVOの適性評価に参加している。
教育・研究および実務設計をリアルタイムで支援するために柔軟なアーキテクチャとインターフェースが用意され、ネットワーク化されたツールとサービスを集約しているVORTEX-Windsは、風と建造物の複雑な相互作用の理解とモデル化についての相乗的、そして統合的アプローチを可能とし、ユーザの能力をはるかに向上させるものと確信する。その結果、風工学教育・研究のニューフロンティア開拓に向けて、世界全体の風工学研究コミュニティのレベルが向上する。
以上、VORTEX-Windsは、建造物に及ぼす風の影響に関連する地球規模のコミュニティ資源を統合化するend-to-endシステムである。効率的で変革性が高く、アクセスの容易な環境として、風工学分野の学習、教育、研究開発の進歩を加速するとともに、空前の規模でこの分野の知識と資源を全世界に普及させ、革命的な影響をもたらすことを大いに期待している。 |